ルサンチマン

画像はイメージです。 思考

おはようございます😊

皆さんご存知のニーチェ。彼が提示したルサンチマンという概念のお話。
ルサンチマンを哲学入門的に説明すると「弱い立場にあるものが、強者に対して抱く嫉妬、怨恨、憎悪、劣等感などのおり混ざった感情」ということになりますが、ニーチェが提示したルサンチマンという概念は、私たちがともすれば“やっかみ“とは思わないような感情や行動まで含めたもう少し射程の広い概念です。

イソップ童話に「酸っぱいブドウ」という話があります。キツネが美味しそうなブドウを見つけますが、どうしても手が届かない。やがて、このキツネは「あんなブドウは酸っぱいに違いない、誰が食べるものか。」と言い捨てて去ってしまう。

これはルサンチマンに囚われた人が示す典型的な反応です。
キツネはブドウに対して、単に悔しがるのではなく、「あのブドウは酸っぱい」と価値判断の転倒を行います。
ニーチェが取り上げるのは、ここです。
私たちが持っている本来の認識能力や判断能力が、ルサンチマンによって歪められてしまう可能性があるということです。

ルサンチマンに囚われた場合の例を挙げます。

①周囲のみんなが高級ブランドのバッグを持っているのに自分だけが持っていない、というような状況だったとします。この時、自分が本当に欲しいものではない、自分のライフスタイルや価値観には合わないとして、そのブランドバッグを拒絶することももちろんできるわけですが、少なくない割合の人々は、同格のブランドバッグを購入することで抱えたルサンチマンを解消しようとする。

②また逆に「高級フレンチなんて行きたいと思わない、サイゼリヤで十分だ」というような意見。素直に聞き流せばそれはそれで一つの意見だと思われるかもしれませんが、見逃してはいけないのが、この主張には一般に考えられている「高級フレンチは格上で、サイゼリヤは格下」という価値観を、わざわざ転倒させてやろうという意図が明確に含まれています。
まずそもそも「高級フレンチ」などというレストランは存在しませんし、三つ星フレンチのカンテサンスやロブションなどがある。。。そうですが、それぞれで出されている料理も雰囲気も違うわけで高級フレンチと言って一括りにして良いとか悪いとか比較できるようなものではないです。つまり、「高級フレンチ」などというレストランはイメージの世界にしか存在しない。
なので、こういう言葉の背後には「高級フレンチは格式高いレストランであり、そこに集う人洗練された趣味と味覚を持っている」とか「高級レストランで食事をする人は成功者だ」という価値判断を転倒させたいというルサンチマンがうごめいている。

単純に好きとか嫌いとか言えばいいだけなのですが、ここに周囲に合わせても合わせなくてもルサンチマンがはたらくとこういう言動になってしまう。
まぁ、だからどうだという話なのですが、このルサンチマンを解消するという行動の上に市場が存在します。つい買ってしまう。
ブランドや高級レストランもそうですが高級車や高級ブランド時計などもそうですね。ブランドは上手についてきてるんです。
ダメだということではなく、そういう価値判断が発生しているということを頭の片隅に置いて、高級なものもそうでないものも普通に好きとか嫌いとかいう必要があるのではないでしょうか😊

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